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これで治る!?(1)

私が短大に通っていた時、日本はバブルの全盛期だった。
入りたい会社にはどこでも入れるぞ!ってな時代だ。
資料請求すると、資料に必ず商品券やテレカが一緒に
ついてきた。
面接に行けばすぐに内定をもらえる。しかも学生側が他の
会社に目移りしないよう、あの手この手で学生を接待する
会社ばかり。
それはそれはクレイジーな時代だった。

だが私は就職活動は一切しなかった。
バイトすらまともに続けられないのに、就職なんてできるわけがない!と思ったからだ。

親はそのことについて何も言わなかった。
というか、いつしか私のすることに何も言わなくなった。
下手に何か言ってしまい、後でなにかあった時にゃぁ、
この世で一番責任転換の得意な私から「あの時、あんたたちが
ああ言ったから、こうなってしまったんじゃないの!!」って
泣いたり怒鳴られるからだろう(^-^;)。
事実、その通りだった。
ことある毎に私は、それを誰かの、何かのせいにしてきた。
いつもちょっとしたことをきっかけにして、過食のスイッチが
入ってしまうので、そのちょっとしたことを大いに怖がり、
大いに恨んだ。

でもそれはあくまでも過食のスイッチを押すきっかけに
過ぎず、それを押す前から既に私の体は過食したくて、
過食のスイッチを押す理由を探しながら、それが近づいてくるのを待っていたんだと思う。
要するに過食したいような駄目モードに入っているときは
何でも「きっかけ」になり得たということだ。

就職はしない。そう決めた。じゃ、卒業後はどうするの?
とりあえず留学する。そう思っていた。とりあえずね。
ちなみにこの時代は「留学」=「とりあえず」な子たちが
非常に多かった。「留学するの」と言えば何でも許させる
ような気がした。
でも具体的にどこに何をしに行くかは全く考えていなかった。
本当にとりあえずとしか思っていなかったんだねぇ。
今思えば、本当に行く気があったのかどうかも??だ(^-^;)。

留学の費用はというと、以前母方の祖父母が卒業祝いに100万円あげる!と言ってくれていたのでそれを当てにしていた。
でもその当ては大いにはずれた。祖父母が一向に送金して
くれないので、訪ねてみたところ、なんとそんな約束は
していない!とのお返事が。

私は祖父母を恨み、彼らに何も言ってくれない母を責めた。
で、とりあえず過食・・・が翌日も、翌々日も・・・。
毎度のことだが、落ちていくのは本当に早いっ。
でもそこからはい上がっていくのは時間もかかるし、
本当に大変なのじゃ。

ある日、何日かぶりにお風呂に入る気持ちにやっとなった。
嘔吐しない人なら大いに共感してくれると思うが、
過食が続いた時のお腹って本当にすごいんだよね(>~<)。 よく太った人のお腹を三段腹と言うが、ある程度の たるみがなければ段なんてつくれないのだ。 私のお腹はぱんぱんに張っているから一段さえ作れない(-0-)。 本当に妊婦さんのようだ。 叶うことなら、スポポーン!と産んでしまいたいよ(涙)。 髪の毛を洗おうと前屈みになろうとしても、お腹が きつくて屈めない。 お風呂に入ってスッキリするどころか、かえって凹んで しまった。 お風呂から出てきたそんな私に母が唐突に話を始めた。 「実はね、ずーっと気になっていたことがあるの。 (注・母には気になっていることが沢山ある^-^;しかも それらを解消せねば落ち着かないらしい) この台所、ほら。あやが拒食症になる前に全部改造 したでしょう。 それをね、勝手にあれこれいじくってしまったことをね、 お台所の神様が怒っているんじゃないかなって思うのよ。 だからあやが摂食障害になったんじゃないかなぁって。 古峰神社はね、お台所の神様で有名なの。 明日一緒に行ってお祓いをしてもらわない?」

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