あや相談室について

樹の花

東銀座に「樹の花」という小さな喫茶店がある。私の叔母が経営しているお店だ。
ジョン・レノンの亡くなる前に来日し、ヨーコと訪れた店だ。
彼らはたいそうこの店を気に入り、画用紙にサインをし、ジョンはその周りに絵を、ヨーコは「夢を持とう」と書き加えた。
今でもジョン・レノンの命日には彼のファンが大勢訪れる。

伊豆の保養所から帰ってくる車内で、伊豆での生活で習慣化できた「朝起きて、3食食べて、夜寝るリズム」だけは、どんなに過食しても崩したくないと心に誓った。
ところがいざ実家に帰ってくると、何もすることがない。
また過食ばかりの毎日が始まってしまった。そんな自分にむかつきながら、何かしなくては!と焦った。

バイト・・・ウェイトレスをしたい。
1日のスタートを良くするために早番。
太っても続けられるように制服はなし。せいぜいエプロンまで。
時給は安くてもいい。
若い人があまり来ない場所

この条件で探そうとしたとき、ふと叔母がやっている喫茶店のことを思い出した。そのまま叔母に電話し「樹の花で働かせてほしい」と頼んだ。
叔母は丁度人手が足りず困っていたところだと喜び、すぐに採用してくれた。
だが電話を切ってから後悔し始めた。何故叔母に連絡してしまったのだろう。今までどこで働いても長続きしなかった。「もう駄目だ!」と思うところまで自分を追いつめてしまい、ある日突然辞めてしまう。
私が摂食障害に悩んでいることを叔母は知っている。彼女に甘えていろいろと迷惑を掛けてしまうかもしれない。
でも自分からお願いしたのだから、もし辞めるにしても絶対に失礼な辞め方はしないようにしよう!

姪の私が言うのもなんだけど樹の花は本当にステキな喫茶店だった。働けば働くほどそう感じた。
でもお客さんにそう思わせる店である為に、私はいろんなことを叔母からおさわった。まずは接客の仕方。マニュアルなんてない。ごくごく自然な、でも細やかな心配りを叔母は私に要求した。
お店の雰囲気は、お店そのものの雰囲気とそこで働く人たちと
そこに来るお客さんが一体になって作り出すもの。
樹の花に来る方は本当にステキな方ばかりだった。
みんなの煌びやかなオーラに圧倒され、私はいつも落ち込んでいた。「このお店のイメージを私は崩している」そればかり思っていた。

段々過食がひどくなっていった。バイトの帰り道から過食。
朝起きると過食。過食しながらバイトに行く。バイトの途中でも過食。ずっと食べ通しだった。

朝だ!もうバイトに行く時間だ。でも食べていたい。もう行きたくない。
でも早番は私ともう一人の人しか入っていない。私が休んだらどれほど彼女を困らせるか、よく分かっていた。
それにバイトをさぼっても、そんな自分を責めて更に過食するだけだろう。更に落ち込むだけだろう。

20分遅れで樹の花についた。深呼吸して笑顔で「すみませんっ!遅刻しました!」と店内に入っていった。
ここでは普通でいたいと思った。
どんどん太っていく私を見て、あからさまに驚く常連さんもいたけど、とにかく毎日笑顔で通い続けた。心はボロボロだったけど。
体重は70キロを超えていた。
もう着る服がなかった。LLサイズの服を買いにいく気力も勇気もなかった。毎日ゴムがのびたロングスカートで通った。
そんな私の身なりを見て、ある日叔母がなにげなく「もう少しオシャレしてきてほしいなぁ」と言った。その言葉が心に突き刺さり、もう駄目だ。辞めようと思った。

翌朝、一睡もせずに過食し、這うようにしてお店に来た私はずっと下を向いたままお皿を洗っていた。なんて言って辞めようか
・・・。
その日の夕方、ずっと会っていなかった(太ってしまったから会えなかった)男友達のケンちゃんが突然お店に入ってきた。
「え!!!なんで???」
何故彼がそこに立っているのか理解できなかった。彼を突き飛ばして逃げ出したい衝動にかられた。
ケンちゃんだって驚いたはずだ。「なんでそんなに太ってんの?」って言いたそうに見えた。
でも実際には彼はそんなことは一言も言わず「前にここで働いているって教えてくれたじゃん。近くまで来たからちょっと寄ってみたんだ」と笑った。
カウンターでコーヒーを飲みながら、ケンちゃんは私の仕事が終わるのを待っていてくれた。
叔母は「ステキな人じゃな~い」と私を冷やかした。
バカ!そんな関係じゃないよ。でもケンちゃんは私の大切な友達。だからこんな私、見せなくなかった。

スッピン、ゴムスカート、ボロボロのサンダル(涙)。
洗面所で、ぼざぼざの髪をゴムで結わき、無駄な足掻きだと思いつつも唇にリップを塗った。
・・・ええいっ!もうどうにでもなれだ!!!

二人でケンちゃんお勧めのワインが美味しいレストランへ行った。美味しそうにワインを飲むケンちゃんを見ながら「こんな私と一緒に食事しても美味しくないんじゃないかなぁ。ケンちゃんは恥ずかしくないのかなぁ」と思った。
段々笑顔でいるのが苦しくなってきた。

帰り道、ケンちゃんがいきなり「サクラ(私のHN)には華がある。いつも笑顔で、そこがサクラの魅力だね」と言った。
「えええ~~~~???」私は思いっきり叫んでしまった。
な、何言ってんの?この人。酔っぱらっているの??
(確かに、彼は酔っぱらっていた。去年、この話を彼にしてみたら全く覚えていなかった(苦笑))

こんなに太っているのに。こんなにブスなのに、こんな私に
華があるってどういうこと??どういう意味?全然分かんないよ~!
あまりに驚く私の姿を見て、ケンちゃんも目を丸くした。
それがおかしくて二人で笑ってしまった。私も酔っぱらっていた。

ケンちゃんのこの言葉をきっかけに、ちょっぴり気持ちが楽になれた。
「太った自分じゃ絶対に会えない!」と思っていた人に会ってしまい、その人に華があると誉められた。信じられないけど、とにかくこの人にはもういつでも会える。駄目な時でも会える。
この自分で・・・。

調子が良い時にみんなに「樹の花で働いているから近くに来たら寄ってね♪」と言ってしまった為、その後もケンちゃん事件に似た経験を何度もすることになってしまった。
そのたびに「もうどうにでもなれ!」と開き直るしかなく、幸か不幸か、駄目な自分でも会える(会いに来る)人が一人二人と強引に増えて行った。

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